横浜地方裁判所 昭和５４年（ワ）１５４６号 判決
原告 高田イネ 外七名
被告 神奈川県
主文
原告らの請求を棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一、当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
１ 被告は、原告らに対し、各金三一三万二八二九円及びこれに対する昭和五四年九月二二日以降支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
２ 訴訟費用は被告の負担とする。
３ 仮執行の宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
１ 主文同旨
２ 担保を条件とする仮執行免脱宣言
第二、当事者の主張
一 請求原因
１ 訴外亡小沢和枝（以下「亡和枝」という。）は、昭和一六年三月三一日、被告神奈川県（以下「被告県」という。）に小学校代用教員として採用され、以来、被告県の職員（小学校教諭）として勤務していたが、昭和五三年二月一○日、死亡した。
２ 被告県の「職員の退職手当に関する条例（昭和二九年四月六日神奈川県条例第七号）」（以下「条例」という。）によれば退職手当は、職員が死亡により退職した場合には、その遺族に支給する（第二条）とされ、その遺族の範囲及び順位は、次のとおり定められている（第一一条）。
（一） 配偶者（届出をしていないが、職員の死亡当時事実上婚姻関係と同様の事情にあつた者を含む。）
（二） 子、父母、孫、祖父母及び兄弟姉妹で職員の死亡当時主としてその収入によつて生計を維持していたもの。
（三） 前号に掲げる者の外、職員死亡当時主としてその収入によつて生計を維持していた親族。
（四） 子、父母、孫、祖父母、兄弟姉妹で（二）に該当しないもの。
３ 原告らは、いずれも亡和枝の兄弟姉妹であるが、亡和枝には届出をした配偶者、子、及び孫はなく、父母、祖父母はいずれも亡和枝死亡前に死亡しており、亡和枝死亡当時その収入によつて生計を維持していた親族もいない。
４ 亡和枝死亡当時、訴外岡田文男（以下「文男」という。）が亡和枝と同居していたが、文男には昭和一四年七月二六日婚姻の届出をした配偶者訴外岡田みさ（以下「みさ」という。）がいるので、亡和枝との同居は重婚的な関係にあり、このような重婚的内縁関係にある者を条例第一一条の第一順位である配偶者（事実上婚姻関係と同様の事情にあつた者）とみることはできない。従つて、文男に亡和枝の退職手当を受給する権利はない。
５ 亡和枝の退職手当の額は、金二五〇六万二六三七円である。
６ よつて、原告らは、被告に対し、各金三一三万二八二九円及び右各金員に対する亡和枝退職の日の翌日以後である昭和五四年九月二二日以降支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する答弁
１ 請求原因１ないし３及び５の各事実を認める。同４のうち、亡和枝死亡当時、同人と文男とが同居していたこと、文男には昭和一四年七月二六日婚姻の届出をした配偶者みさがいたことは認めるが、その余を争う。
２ 文男とみさとは、不仲となつて、昭和二七年ないし同二八年ころ、文男が単身家を出て以来、一日として同居したことはなく、生計も全く別個になされていたし、また、昭和三七年ころには両者間で離婚の合意もなされたが、みさが世間態を恥じて届出を怠つていたもので、このように、右家出以降は、両者間には婚姻の実体も婚姻関係を維持しようとする意思も全くなかつたものである（文男とみさとは、昭和五五年五月一九日に協議離婚の届出をした。）。一方、文男と亡和枝とは、昭和二八年ころから同棲を続け、みさが離婚届提出に応じた暁には婚姻届を提出するつもりでいたもので、右両者間においては互いに配偶者として認め合い、世間一般も二人を夫婦と認めて、その間二五年以上の期間が経過したものであるから、文男は条例第一一条の第一順位にある「届出をしていないが事実上婚姻関係と同様の事情にあつた者」に該当する。従つて、亡和枝の兄弟姉妹である原告らには亡和枝の退職手当を受給する資格はない。なお、被告は、昭和五四年九月二一日、文男を正当な受給権者と認めて、同人に亡和枝の退職手当金を支払つた。
理由
第一、請求原因１ないし３及び５の事実及び同４のうち、亡和枝死亡当時、同人と文男とが同居していたこと、文男には昭和一四年七月二六日婚姻の届出をした配偶者みさがいたこと、以上の各事実はいずれも当事者間に争いがない。
第二、そこで、文男が条例第一一条所定の配偶者に該当するか否かについて検討する。
一 原本の存在及び成立に争いがない甲第一〇号証、成立に争いがない乙第一号証の一、第七号証、証人岡田文男の証言により真正に成立したものと認められる乙第一号証の二、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第三号証、証人岡田みさ、同岡田文男の各証言によれば、次の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。
文男は、昭和一一年ころ、みさと知り合つてやがて同棲するようになり、昭和一四年七月二六目に婚姻の届出をなし、二子をもうけ、昭和二五年以降は文男の父豊一と共に同居していたが、みさと豊一とが不仲となり、文男の不在中にみさが豊一を追い出したことから、文男とみさとの関係が極度に冷却化して互に殆んど口をきかなくなり、ついに、昭和二八年ころ、文男が単身で家を出て別居するに至つた。文男は東京都大田区○○で郷里福島から呼び寄せた豊一と共に居住していたが、当時、川崎市内の小学校教員をしていたかねて知り合いの亡和枝と親しく交際するようになり、前記家出の約半年後に同女と同棲するようになつた。右家出後、文男はみさには住所を知らせず、差出人の住所の記載のない封書で少額の送金（みさは金五千円と供述し、文男は金五千円から金一万二千円くらいと供述する。）をし、その直後、みさが封書の消印を手掛りに上京して文男方を一回訪ねた以外、両者の間に全く音信がなかつたが、昭和三七年ころ、川崎市内○○ビルの喫茶店で、文男、みさ、亡和枝の三名が、岡田家の石塔建立の件や、文男、みさの離婚の件について話合いを行い、その際、みさは文男の本籍地を伊豆○○町から他所へ移すことを条件に離婚に応ずる旨を約し、両者間に離婚の合意がなされた。そして、その後、文男の署名押印のある離婚届用紙がみさ方に送付されたが、みさにおいて、離婚の届出をしないまま過ごしてしまつた。その後も、文男とみさの関係は、文男の父の葬儀にみさが招かれず、また、長女の結婚式に文男が招かれないなど無縁の状態が続いていた。反面、文男と亡和枝とは、互に夫婦と認め合い、共同生活を営んできたもので（同僚から結婚祝を貰つたり、夫婦として長期分譲住宅の譲受を申込んだりした。）、文男が昭和五〇年一一月交通事故で受傷し、重大な後遺症を受けた後は、亡和枝の死亡時まで同女の看護を受け、扶養されていた。なお、文男とみさは協議離婚して昭和五五年五月一九日その旨の届出がなされた。
二 右事実によれば、文男と亡和枝とは、婚姻の届出を欠くが、当事者間に夫婦の共同生活と認められる事実関係を成立させようとする合意があり、かつ、昭和二八年ないし同二九年ころから長期間にわたつてその事実関係が存続していたものと認められるので、「届出をしていないが、職員の死亡当時事実上婚姻関係と同様の事情にあつた者」として、前記条例第一一条所定の第一順位の配偶者に含まれるものというべきである。
三 原告らは、文男には婚姻の届出をした配偶者みさがいるので、亡和枝とは重婚的内縁関係にあたり、かかる関係にある者を配偶者として保護の対象にすべきではないと主張する。なるほど、一般的には、法令によつて保護される内縁には、重婚的内縁など反倫理的な関係である場合を包含させないものと解すべきであるけれども、現実の夫婦共同生活の保護を目的とする所謂社会立法の場合には、届出による婚姻関係がその実体を失つて全く形骸化しており、他方、内縁関係が現実の夫婦共同体を構成し社会的にも認められているような場合には、形式的には重婚的関係にあたるとしても、その内縁関係を保護すべきものと解すべきところ、前記一認定の事実によれば、文男とみさの間には、昭和二八年ころ以来、夫婦共同生活と認められる事実関係は全く存在せず、かつ、両者間にその事実関係を回復しこれを維持しようとする意思は全くなく、従つて、両者間の婚姻関係はその実体を失つて全く形骸化していたもので、他方、文男と亡和枝の生活共同体は現実の夫婦関係を構成し、社会的にも（私通関係としてではなく）夫婦として認められていたのであるから、かような場合、文男が重婚的内縁関係にある者であつても、同人の内縁関係は保護に価するものといわなければならない。とりわけ、前記条例によれば、死亡による退職金は同条例に定める者がその順位にしたがつて支給を受け、受給権自体は相続の対象とされていないこと、死亡した者の収入によつて生計を維持していたか否かによつて支給を受ける順位に著しい差異が設けられていること、などからして、死亡による退職金の受給権者については、死亡した職員と現に生活を共にし、主としてその収入によつて生計を維持していた者を厚く保護する趣旨であることが窺われるので、前記の事情にある文男を条例第一一条の配偶者に含ませて、同条例を適用するのが相当と認められるから、原告らの右主張は理由がない。
第三、以上によれば、文男は条例第一一条所定の配偶者として退職手当を受ける第一順位に該当するものと認められるので、亡和枝の兄弟姉妹である原告らに亡和枝の退職手当の受給権はないものと解さざるをえない。
よつて、亡和枝の退職手当金の支払を求める原告らの本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条第一項本文の規定を適用して、主文のとおり判決する。
（裁判長裁判官 三井哲夫 裁判官 吉崎直弥 嘉村孝）